どれぐらいの年月が経ったでしょうか、
ずうっと前から農民は
このじじいのせいで
苦しい思いを強いられてきました。
ですから、
じじいに寄り付くものは
誰一人としていません。
いつも一人で閑散とした
空白を抱きつつ、
それを解消する術もなく
ただただ物欲に任せて
金儲けばかりのことを考えていました。
じじいには昔、妻がいました。
じじいにとっては
それはそれはもうかわいくて、
家事もよくこなし、
気立てのよい思いやりのある妻で、
どんな宝にも代えがたいものでありました。
しかし、その妻は若くして
不治の病にかかり、
亡くなってしまったのです。
じじいは、一人、豪勢な家と
物に囲まれ、暮らしています。
唯一、妻の仏壇には、
生前妻が愛用していた
翡翠の数珠だけが、
じじいの孤独を和らげて
くれていました。
じじいは、目覚めた朝から
あの日のことが気になっていました。
「ほんっとにこのおらが
小人だってどういうことだ!?
まったくおがしい夢だなぁ~。」
(まったくおかしな夢だなぁ~)
じじいは今朝、仕入れたばかりの
牛肉を頬張りながら悶々と考えていました。
悶々と考えているうちに
牛肉がなんとなく生臭く
ドロドロしたような感触がして、
じじいは食べるのをやめました。
そして、ひっそり閑とした
自分の家を見渡しました。
手入れがされていない炭櫃、
なんでも入りっぱなしの物置、
寒々とした居間、
誰も訪れない玄関。
「おらは、ひとりなんだなぁ……。
なぁ 、 ……。」
その言葉は、
朽ち葉が飛ばされるかのように
虚しく響いて消えました。
それと同時に、
途方もなく悲しくなりました。
「さて、今日も仕事さいぐべ。
今日は五作の家さ借金の取り立てだな。
まったぐ、期限まで返さねで
おらを何様だどおもってるんだ。」
(まったく、期限まで返さないで
俺を何様だと思っているんだ)
「おめよぁ、いづまで金借りてる気だ!?
とっくに期限なば過ぎてらぞ!!」
(お前、いつまで金借りている気だ!?
とっくに期限は過ぎているぞ)
「本当に申し訳ねぇ、ごめんしてけれ…、
どうかお願いします!!
女房が病気でどうしても
薬代が必要なんだす。
お願いします!!この通りだ!!
おらは女房が助かれば
自分は死んでもかまわねぇ!
んだども、女房がこのまま
死んでしまったら、
おらは死んでも死にきれねぇ!!
この通りだす!!」
「そんなこと言っても期限は期限だ。
三日までに払わねば
家ごとかっさらってぐがらな!!」
じじいは、涙を流し
土間におでこをこすりつけて
土下座をする五作を無視して
そう言い放った。
そして、そのまま帰ってしまいました。
家に帰ったじじいは、
仏壇の翡翠を見つめながら
今日の五作の言葉や態度を
頭の中で何度も何度も反芻しました。
「生きていたらなぁ …… 」
じじいは不意に妻が死んだ
あの時の最後の言葉を思い出しました。
「あんた、おらはな、
いっつもあんたのそばさいで
見守っているがらな。
だがら、そんなながねぇで。
おらは、幸せだな………。」
―そうだった。おらは、
いっつも見守られでらったんだな。
おらは今までなにやってらったのだべ。
ごめんな、こんな情けねぇ男で…!